コミュニケーションの基本★
試験勉強に参考にでもなりそうなサイトを検索していたら、
最近の子どもはコミュニケーション能力に欠けているという
意見が述べられているサイトを発見しました。
個人的には興味深かったです。
まぁ、僕らもおそらく関係していると思いますが…^^;
たとえば、こんな感じ。
A:あの世界史の先生、
ムカツクよね~。
B:私、数学の先生の方が
ムカツク~。
この場合、確かに「話」をすることは出来ている。
しかし、「会話」は成立していない。
…これのどこが「会話」として成立していないか、
お分かりになれない方は、現代っ子だそうです(笑)
Aは、自分のことについて話したけれども、
BはAに対して、「先生のどこがムカツクのか?」
というような質問をするのではなく、
A同様に、自らを語るようなことしか話していない。
つまり、AとBはお互いに、
「自らについて語る」
ことしかしていない。
もっと言うと、相手のことに関心を持たず、
互いに自己主張をしているだけ。
これが「最近の子どもは「話」は出来ても
「会話」は出来ない」ということの意味だそうです。
子ども達における、コミュニケーションのこのような傾向は当然、
対人関係に関しても大きな影響を及ぼします。
近頃よく言われているそうだが、
「最近の子供は、浅い付き合いの友人は沢山持っているが、
深刻な話を出来るような親友を持っていない」
という現象は、これと密接な関係を持っているように思われる。
さて、ではこのような「コミュニケーションの希薄化」は、
いったい何故発生するようになってきたのか?
そこには、教育の影響が相当あると考えるのが妥当であろう。
戦後民主主義教育にも、その傾向は多分にあったし、
「子どもの個性を尊重する」と称する最近は特にそうであるが、
「子どもの主張に耳を傾けろ!」ということが、
文化人やマスコミによって、口やかましく言われている。
このような傾向は、教育界だけではなく、
育児教育書にも、多大な影響を与えている。
一冊手に取ってみるとよい。
「赤ちゃんの主張(泣き声や、手足のばたつきのことを指すらしい)
に耳を傾けてあげましょう」という主旨のものが、
ちまたには氾濫している。
つまり、今の子どもは学校ではもちろんのこと、赤ん坊の頃から既に、
「周囲の人々に自らの主張を聞いてもらう当然の権利を持つ」
存在なのである。
それは今や、善悪の価値判断を越えた、何の疑いもない真理として
確立されていると言ってもよいであろう。
「周囲の人々に自らの主張を聞いてもらう」ということが、
絶対的な価値を与えられている以上、
「周囲の人々の主張を聞く」ということは、
当然のごとく二のつぎである。
そして、教育も「主張をする」ことは存分に教えても、
「主張を聞く」ことについては、あまり教えようとはしない。
実際、国語教育などを見てみても、
文章の読解を重視するものは減り、
「自由論文」なるものを始めとして、
好き勝手な主張を「自由に」書くようなものへの比重が
大きくなっている。
自らの主張を行うためには、周囲の主張を理解することが
まずは必要であるのだが、
最近の日本は、そういう基本的なことが忘れ去られているようだ。
これが参考にさせていただいたサイト↓
つまり、コミュニケーションの基本は
ただ単に自分のことを
主張するのではなく、
相手の主張をしっかり聞くことが
大切。
そして、相手の主張を理解し、
それから
自分のことを主張すること。
また、相手に問いかけること。
「話」ではなく、「会話」をしなければなりません。
よく言われる
「会話のキャッチボール」
ですね(o^-')b
これは大切だと思いました☆
なんか、改めてコミュニケーションの基本を知った気がします
